“銀河鉄道999外伝” 「プレゼント」 (星野悠理さま作)    
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 それから二人は、あちらのブティック、こちらのファンシーショップと、愛するまゆちゃんへの買い物のため、たくさんの店が道の両側に軒を連ねる広い通りを走り回った。
 ねえ、シナモンとキティーちゃんは、どっちがいいのかしら?などとエメラルダスに聞かれても、男の鉄郎に女の子の好みなど解るはずもない。
 なによりも、赤やピンク、リボンにレース。
 お星様やハート形をあしらった色とりどりのガラス玉で飾ったアクセサリーに、パールピンクのルージュにキラキララメ入りアイシャドウ。
 誕生石占いに星占い。
 初めて目にした眩いばかりの豪華絢爛な少女世界に、鉄郎はくらくらと目を回していた。
 それなのにエメラルダスときたら、人の頭を利用して赤とピンクのリボンの比べっこなどしてやがる。
 わたくしは、まゆちゃんではありません。
 鉄郎が山のように荷物を抱え右往左往するのを見かねエメラルダスはカバン店でカートを買い求めた。
 おかげで少しは動きが楽になった。
 彼女が道沿いの靴屋のショーウィンドウで靴を物色する姿を横目に、鉄郎は小休止がてら、軒下に止めたカートにもたれ、隣に軒を並べる雑貨屋の中を何とはなしに眺めていた。
 ふと、店の軒先にハンガーにつるされた、眩しいほどの赤や青、格子模様の生地に眼を奪われた。それは、とりどりの色合いやデザインのエプロン。
 フリルをあしらった肩紐や、胸元やポケットに施された刺繍が愛らしい。
 ―――メーテルが着けたら、可愛いだろうなーーーーー
 目の前に、可愛らしいデザインのエプロンを身に着けてキッチンに立つメーテルの姿が浮かんできた。
 鉄郎は思い立つと、一つ選んで買い求めた。
 ―――メーテル、こんなものでも喜ぶかなあ?・・・少し心配だけどーーーー
 だがしかし・・カートの中に夜逃げの荷物のように積み上げたプレゼントの山に、鉄郎のワクワク気分は吹き飛ばされた。
 その上にせっせと追加の荷物を積み上げているエメラルダス・・・・・少しは遠慮というものをして欲しいものだ・・・
 挙句の果てに、ファンシーショップだけならまだしも、女性下着専門店に連れ込まれたのには参った。
 店内に足を踏み入れた途端、いきなりマネキンに付けられたブラジャーやレースのショーツの大群が強烈な色彩を放ちながら鉄郎めがけて襲い掛かりノックアウトされたところに、ピンクと白のフリルショーツはどっちがいいと思う?と目の前に突きつけられた日にゃあ・・・・
「あーそうか、鉄郎は男の子だってすっかり忘れてた」
「気付くぞフツー!!」
 気がつけば、喫茶店のテーブルでシューシューと湯気を上げてショートした頭をアイスコーヒーで冷やしている自分がいた。
「・・・・なんか、どっと疲れた・・・精神的に・・・・・」
 ぐったりとなった鉄郎を尻目に、エメラルダスはプレゼントのチェックに余念が無い。
「ドレスとスカート、ブラウス・・・コートにTシャツに靴下にジーンズに、それからあれとこれと・・・」
 買い物の包みとメモを見比べて、彼女はよしよしと満足げに頷くと、テーブルに突っ伏す鉄郎を溜息混じりに見下ろした。
「やれやれ、しっかりなさい、男が買い物ぐらいでへばるんじゃありません。」
「・・・・面目ないです・・・」
「ま、少年には、ちと荷が重すぎたか。」
 傍らのテーブルが見えなくなるほど積み上げられたプレゼントの山を見上げて苦笑するエメラルダスに、鉄郎は精一杯主張してやりたかった。
 俺は金輪際レースのパンツなんか買わないからな!!ええ、二度と買いに行きませんとも!!
「ご苦労様。はい、これ」
 エメラルダスから差し出された小さな紙袋に、鉄郎は首をかしげた。
「なに?・・」
「メーテルに渡して。ちょっとした服よ。Mサイズでよかったかしら?あなたからのプレゼントだといったら喜ぶと思うわ。」
「なんか悪いよ、こんなのまで頂いたりしたら・・」
「気にしないで。」
「ごめん。ありがとう。」
「鉄郎は何を買ったの?」エメラルダスは鉄郎の傍らに置かれた雑貨屋のショッピングバックに目を留めていた。
「うん、俺もメーテルにプレゼントしようと思って・・・ただのエプロンなんだけど。」
「エプロン?」
 驚いたような顔をするエメラルダスに、鉄郎は決まり悪げに頬を赤らめた。
「いや・・その・・本とは服だのカバンだの買ってあげたほうが当然いいんだけど、俺、女の子の好みなんてわからないし、ちょうどさっき寄った店にエプロンがあったから・・これならメーテルももらってくれるかなあと思って・・・」
「そう・・・」 
 エメラルダスは何故か一瞬力の抜けた表情をし、小さな溜息をつきながら頷くと、慈しむような眼差しを鉄郎に向けた。
「やっぱり、喜ばないだろうなあ・・こんなのじゃあ・・」
「まさか。そうね・・渡すときに、一緒にねぎらいの言葉をかけてあげるといいわ。メーテルは嬉しいはずよ。とっても・・・」
「そうだね・・・」
「がんばって。そろそろ出ましょうか?」
 そうして二人は、――またまた鉄郎は忠実なるポーターと成り下がりーー通りに出るとタクシーを捕まえ、後部シートに荷物を放り込むと、エメラルダスが取ったホテルに向かった。
 ホテルの駐機場で、宇宙船からの降下用ディグに荷物を積みなおし、彼女の部屋に入った。
 鉄郎を広いシングルルームのソファに残すと、エメラルダスはバスルームに消えた。
 鉄郎は所在無げに辺りを見回す。入り口からシャワールームを通り抜け、ベッドサイドを横切ると窓際のソファのテーブル越しの向かい側に大きなドレッサーが備えてある。その上に小さなフォトプレートがちょこんと乗っかっていた。
 フォトプレートに歩み寄ると、そっと手に取った。藍色の髪をポニーテールにした幼い少女が微笑んでいた。
(この子が、まゆちゃん、か・・・)
 こんな幼い少女をタイタンに残して、何故エメラルダスは・・・?
 鉄郎は、女一人宇宙で生きて行くことの難しさ、厳しさに、ふと思いを馳せた。それはエメラルダスの頬の傷が何よりもよく証明している。今まで彼女が乗り越えてきた苦難の道のりを慮らずにはいられない。
 けれども・・・・
 事情はどうあれ、母と幼い子、離れ離れの生活を強いて、それを是とする世のあり方が、果して人としてのあるべき姿なのだろうか?
 それは違う。鉄郎の良心が反論する。
 そんな世界は平和な世界ではないはずだ。それなのに・・・
 “相手が命乞いをしても、容赦なく撃て”
 “後ろにも目玉を付けておけ、鉄郎。殺されたくなかったら撃たれるよりも先に撃つんだ“
 “ここは無法の宇宙。食うものと食われるものしか存在しない、弱肉強食の世界”
 頭にリピートされる、鉄郎の耳にあちらこちらから絶えず繰り返し呟かれてきた言葉・・・・
 空間鉄道を伸ばすほど科学技術を発達させ、宇宙のあらゆる惑星を地球そっくりの環境に仕立て上げ、それを当然のごとく享受する自分達・・・
 その中で語られてきた「無法の宇宙を生き抜く鉄則」というものは、人と人とのかかわりを語ったもの。
 “サイレンの魔女“が相手ではない。
 そんな閉ざされた世界の中で繰り広げられる人の営みは、殺伐としたものでしかなく・・・
 戦士の銃も、重力サーベルも、銃口や切っ先を向ける先に存在するのは、いつも人間。
 いつも同胞。生身、機械の身体を問わず・・・
 同属相食む姿を「弱肉強食」と誇らしげに語りはばからない自分達。
 完全に読み違えてる。弱肉強食とは本来、飢えを凌ぐための捕食行動でしかなく、空腹が満たされたらどんなに獲物が目の前を通り過ぎようとも見向かぬものだ。
 尽き果てぬ欲望の産物ではない。
 それなのに、人間社会という安全な枠の中に身を潜めて潰しあいを演じる我々。
 力なきものを貧者に変えスラムに追いやり、赤ん坊を連れた母親や、うら若い女性の一人旅を困難にする「無法の宇宙」と人の呼ぶ世界・・・人類がここから脱却するにはーーーーー
 バスルームの開く音。
 鉄郎は慌ててフォトプレートをドレッサーに乗せるとソファに戻った。
「ごめんなさい、待たせたわね」
 バスローブに身を包んだエメラルダスが現れた。元の緋色の髪に頬の傷が露になっていた。
「ここはドライルームがお風呂に無くて不便なのよ〜」
 そう言いながらドレッサーの前に腰掛けると、ドライヤーの音を盛大に響かせながら長い髪を乾かし始めた。
「鉄郎ごめんなさい、髪こっち持ってて」
「ええっ!?」
 突然の介助依頼だが断るのも気が引けた。
 腰掛ければ床についてしまうほど長い髪の端を鉄郎は不承不承くるくると束にまとめると抱きかかえた。
 生乾きの髪は掌にしっとりと纏いつく。
 そして重いのだ。
「悪いわねえ。ドライルームがあればこんな手間かけなくていいんだけど・・」
「ああ、いいよ、気にしなくても」 
 髪を揺らすたびにシャンプーの残り香が鉄郎の鼻をくすぐる。
「手馴れたものねえ、メーテルのも手伝ってあげてるんでしょう?」
 ドライヤーの熱風を吐き出す大きな音の向うから叫ぶエメラルダスに、
「あたり。ったく、どいつもこいつも長すぎなんだよ。いっそのことスパーッと短く切っちまえよ」
 忌々しげに叫び返す鉄郎。
「冗談言わないで!長い髪は女性の裕福である証なのよ」
「なんだそりゃあ・・」 
 エメラルダスのドライヤーの動きに合わせて鉄郎もせっせと髪を揺り動かし送りやる。
「ラーメタルではね。昔から、女は髪に生涯刃物を入れない習慣があるのよ。家庭の妻や娘の髪がどれほど長く美しく手入れが行き届いているかは、一家の主の経済力のシンボルとされているの。つまり、男がパートナーの女を家事、労働に従事させず体の手入れに余念なくさせられる程裕福か。それを髪の長さ、美しさが象徴しているわけね。髪は長ければ長いほど、女のステータスが上がっていると言われてきたわ。そして長い髪は、女が一生、衣食住に困りませんように、というおまじないでもあるの。だから、女の子は生まれてからずっと髪を伸ばし続けている。結婚式のときも長い髪を高く結い上げ宝石やティアラでゴージャスに飾り立てるわ」
「長い髪は嫁入り道具、というわけ?」
「そのとおり。だからものすごく大切にするわ。短く切るなんて、もってのほか」
「そうか、なるほどねえ・・それで解った。あれから1年以上、冥王星に部屋を借りて二人で住んでいたのだけど、メーテル、掃除だの台所仕事だのするたんびに邪魔臭そうに髪の毛をすき上げたり束ねたりしていたから、そんなに邪魔なら、すっぱり切っちまえ、って言ったら、怒られたよ。ほら、彼女、髪の毛、ふくらはぎ辺りまで伸びてるだろ?だから、腰を落としたときなんか、毛先がどうしても地面に着いちゃうみたいでね。泥なんか髪にくっついた日には大騒ぎしながら叩き落とすからねえ・・もっと短くしたらさ、こんな騒ぎにならないだろうに・・」
「あー、それはあるわねえ・・私も散々髪伸ばしてるから、人にはとやかく言えないけど・・・」
「そう、だからね、俺から見れば、ふくらはぎだろうが、背中の辺りだろうが、伸ばしてることに変わりゃあしないから、ショートにしろとは言わないけど、せめてさ、お尻の辺りで切り揃えたら、少なくとも邪魔にゃあならんだろう、と言ったところが・・「髪は女の命。そんな無体で残忍なことは出来ません!」・・残忍と来たよ・・そういって、ぴしっと撥ね付けやがった。」
「それは、切れ、はあんまりよ」 
 とエメラルダス。
「まあ、大切にする気持ちは、解らんでもないけどねえ。そんなわけで、冥王星に住んでたとき、風呂掃除とトイレ掃除は俺の役割でした。住み始めた頃にね、彼女、一回、大爆発を起こしまして、トイレと風呂の掃除は金輪際一切いたしませんと宣言なさいました。なんでも、トイレ掃除のときにしゃがんだら、束ねといた髪が大きく揺れたり解けたりして、トイレの汚い床や便器に何度も触れたそうで、それで半狂乱になってね。風呂掃除だって、髪の毛がぬれるから嫌だのほざいて・・そういう汚い仕事、全部俺任せなんだよ?いっちばん沢山風呂に入ってるのは誰だといいたくなるよ。風呂桶と友達になったみたいに長風呂するくせにさ?そんなに家事の邪魔になるのなら切れよ、っていったら怒り出すし・・」
 そんなめに遭ってまでやりたくない、というのが彼女の言い分なんだから、困ったよ・・・鉄郎はちょっぴり、溜息。
「そうねえ・・普通伸ばすといってもせいぜいお尻につくかつかないぐらいで、ふくらはぎまで髪を伸ばしている人は、王侯貴族の婦人ぐらいで、一般にはそうはいないわね。ふむ、確かにそんな人達は家事なんかしないか・・でも、髪が汚いところに触れるのは誰でも嫌よねえ。彼女の気持ちは解る。だからというのもなんだけど、私も掃除は家政婦ロボット任せにしてるわ。どこも一緒よ。」
「そうさなあ・・・うちも家政婦ロボット買ったほうがいいのかなあ・・・キッチンには黙って立ってくれるからいいか・・・」
「ふうん・・あの子がキッチンにねえ・・」
「まあ、とりあえずはね。特に料理が得意というわけではないようだけど、レシピとニラメッコしながら熱心に作っているみたいだよ」
 まあ、とりあえず、か・・とエメラルダスは小さく笑う。
「良いのではなくって?いまどきのご時世、それだけやってくれたら、良しとしても?」
「ああ。俺も多くは望んでいないんだけどね・・・ごめん、つい愚痴になってしまった。こんなこと話せるのは、貴女ぐらいしかいないから・・」
「ええ、別に構いませんよ。貴方も大変ですね」
「いいえ・・ただ、彼女が、俺に付いてきてくれているだけでも感謝しているからね」
「・・・・」
 髪を乾かすとエメラルダスはスプレーをかけながら丁寧にブラッシングする。
 鉄郎は壁にかかる時計を見た。
 時間は11時を回っている。
「大変だ、えらく長居をしてしまった」
「帰るの?」
「うん。5時ぐらいからケンカして出てきてるからね。さすがにメーテルも心配してる」
「じゃあ送って行きましょうか。すぐそこでしょ?」
「悪いよ。散々ご馳走になってる上にさ」
「いいから。メーテルの顔も久しぶりに見たいしね・・・」
 そういい残してエメラルダスはクローゼットの中に消えると外出着に着替えて出てきた。メイクでやはり頬の傷は隠してある。
 二人はホテルを後にすると大通りの並木道を並んで歩いた。
 鉄郎は傍らのエメラルダスをちらりと見上げた。彼女は鉄郎よりも頭半分背が高い。
 その上7センチもあろうかというハイヒールの靴をはいているので 今現在180センチ近い背丈に見える。
 やっとこさメーテルと背丈が並んだと思っていたら、上には上がいるものだ。鉄郎の胸に変な闘志が沸いてきた。
 俺は自分がちびだとは全然思ってないぞ!などと開き直るには早すぎる。よし!たくさん寝てたくさん食って、たくさん暴れよう。
 そしていつかエメラルダスを軽々と姫様抱っこしてやれるほど大きくなってやるからな。目指せ、アンタレス!!
 タイタンのぶどう谷で会ったいかつい顔と隆々とした漲る巨躯の山賊の姿は、鉄郎の密かな憧れだった。
 ああいう姿になりたいものだ・・
「鉄郎」
 いきなりエメラルダスに声を掛けられたので、びくっとした。
「うえ?」 
 妙な声を出して返事。
「・・・・ありがとう」
「へっ?」
 エメラルダスは鉄郎を見ずどんどん歩き続けた。
「あなたがメーテルを連れて行ってすぐ、私はまゆと再会したの・・・何年ぶりだったかしら・・4歳のときに分かれたきり会うことが出来なかったから・・」
「ああ、そうだったんだ」
「けれどね、実はあの時、あなたがメーテルを引き留めてくれたから、私は、まゆに会う決心がついたのですよ。ありがとう」
「え・・俺は、なにも・・」
 どう返していいかわからず戸惑った。
「私達、人と深く触れ合うことを今まで避け続けていた・・・誰かと親密になればなるほど別れが来た後の心の穴が大きかったから」
 鉄郎に背を向け歩きながら、エメラルダスは空を見上げた。
「私もメーテルも、地球人よりも長い命の持ち主。私とクイーン・エメラルダス号、メーテルは定められたレールの上を、ともに終わらぬ時の流れの中で旅を続けねばならぬ宿命だと、私が愛した人はいつか指の間をすり抜けて行き、虚しさだけが残るのだと、互いに言い聞かせながらね・・けれど、そんな私達を、鉄郎、あなたはしっかりと受け止めて引き留めてくれた。」
「エメラルダス・・・」
「どんなに短い間でも、精一杯触れ合えば、無限の時間にも勝るものだって、私もメーテルもあなたに教えられたわ。あなたの生き様を見て、そう感じたの。私達にとっては、長い時の流れの中の、ほんの限られた時間かもしれないけれど、メーテルはあなたと暮らす勇気をもらったし、私はまゆに会う勇気をもらった・・・」
「・・・・」
「まゆと再会して感じたわ。私にはほんのいっときのように思えたけれど、あの子にはとっても長い時間だったのね。別れる時の泣き顔がねえ・・・たまらなかった・・またすぐに会いに来るから、って約束しても、なかなか信じてくれなくて」
「ねえ、一緒に暮らせないのかい?」
 胸にしまった思いが、つい、口からこぼれ出た。それは彼女からまゆの存在を明かされたときから抱いていた思いだった。
 エメラルダスは鉄郎を振り返った。一瞬張り詰めた顔をしたが、目を伏せ前を見ながら小さく被りを振った。
「暮らしたいわよ・・・ずっと一緒に、いつまでも・・・親なんですもの。当たり前じゃないの。でも・・・今まで、いろいろあってね・・・それに、まゆの遺伝子は、トチローと同じ地球人のもの。私と同じ時間の流れを生きることは出来ない。あの子は地球人の家族の下で平凡に暮らすことが一番の幸せかもしれないと、そうも思ってね。」
「・・・・・・」
 エメラルダスの一番辛い場所を抉り出してしまったことに、鉄郎は酷く後悔した。彼女はずっと悩んできたんだ。
 他人の俺がとやかく言える立場じゃなかった・・・
 唐突にエメラルダスは鉄郎に微笑みかけた。
「でもね、ほら、さっきも言ったとおり一緒に暮らせなくても、こうやって会うことは出来るの。だから、あなたもそんなに深刻にならないで。ポジティブシンキングよ」
「え?俺、そんな顔してた?」
 どこか吹っ切れたように明るいエメラルダスの振る舞いは鉄郎にとって意外だったが、おかしな質問をした挙句に、かえって彼女に要らぬ気を使わせてしまったことが悔やまれた。
「ごめん。変なこと聞いて苦しい目にあわせた挙句に、余計に気を使わせてしまった・・申し訳ないっ」
「ばかね、それくらいのことでいちいち気にしたりしなくてもいいのよ。気持ちを大きく持ちなさい。それにね、私達のタイムテーブルの違いは、私も、まゆも、トチローのご家族も皆織り込み済みよ。はなからそのつもりで暮らしているわ。気楽なものよ」
 エメラルダスの力強い眼差しに、鉄郎は救われたような気がした。
「一度再会できたら、なんだか、互いに垣根がポーンと取れちゃったって感じでね。毎日メールや電話のやり取り三昧。あのプレゼントの山も、みんなあの子のクリスマスプレゼントのリクエストでね」
 全く、親を何だと思ってるのかしら、とエメラルダスは笑った。
「よし、会ったらこのプレゼントは、みんな鉄郎が運んでくれたのだからって言って聞かせねば。少しはシメてやらんとーーー」
 急にエメラルダスは立ち止まって傍らを見つめた。いつの間にか鉄郎たちが宿泊するホテルの正面に着いていた。
 鉄郎もつられて何気なく彼女の視線の先を追った。
 1階正面のラウンジバーの大きな窓から明るい光が溢れていた。その窓を通して見えた奥のカウンター。
 人だかりと散らかったボトルに囲まれてカウンターに突っ伏している人影はーーー
「メーテル!!」

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